運動機能の改善には「自己身体への気づき」が重要視されています。この「自己身体への気づき」には大きく二種類あると考えられています。
①身体所有感
一つ目が「身体所有感」です。
手など自分の身体部位を見たときに、その身体部位が自分の身体の一部だと感じる経験のこを身体所有感といいます。
よく脳卒中の症例などでは、麻痺側に対し「自分の身体じゃないみたい」という方がいます。そのような症例は身体所有感の低下が疑われます。
➁運動主体感
2つ目が「運動主体感」です。動いている身体部位に対して、その身体部位を制御しているのは 自分であると感じる経験のことを運動主体感といいます。
身体所有感は静止時にも生じますが、運動主体感は能動的に身体を動 かしたときのみ生じると考えられています。
臨床で出会うのは「自分で手(足)を動かしている感じがしない」などと発言する方々です。このような方は、運動主体感の喪失が生じている可能性があると考えられます。
どちらも重要なのですが、運動主体感の方がより運動能力(制御)に関与が大きいことが示唆されています(Matsumiya,2021)。
※ここでの運動能力とは、目と手の協調性のことを指しています。眼と手は運動の開始や継続した運動など、様々な局面での運動制御を行動的に定量化することができるということから、眼球運動の評価などを本論文ではアウトカムにしています。
運動主体感が運動制御に関与しているのであれば、運動主体感が生じるような働きかけをしたくなりますよね。
では、どうすれば運動主体感は生じるのでしょうか?
上の図は、誤差検出・修正モデル学習を表しています。
意図的な運動を行う際(ここでは、前方にある物を掴もうとする時)、大脳からの指令で運動神経を興奮させるだけでなく、同時に遠心性出力のコピー情報が作られ(遠心性コピー)、その情報が小脳や頭頂葉に送られる
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実際に行った結果と照合されて誤ったプログラムは抑制され(長期抑制)、最適化されたプログラムが残り運動学習に繋がる
遠心性コピーとは、いわば、「運動の結果生じるであろう感覚の予測信号」と言えるかと思います。
感覚予測と実際に運動を行った結果としての感覚フィードバックの誤差が減る事で運動が滑らかになり、それが内部モデルとして構築され、我々はスムーズな運動が実現出来ているということになります。
脳卒中などの疾患では、この誤差をなかなか減らすことが難しいです。
例えば目の前の物を取ろうとリーチしようとしても、どの程度の力でどのように腕を伸ばせば目の前の物をスムーズに取ることが出来るか、予測は立てられても、結果として上手くリーチできない事が続くため、学習に至りづらいです。
この遠心性コピーによる感覚予測と実際の感覚フィードバックが一致する事が、運動主体感の生成に関わっていると言われています。
つまり、運動主体感の構築には、予測した運動と結果をなるべく一致させていく作業が求められるということが言えるかと思います。
脳卒中などの場合は、前述したとおり、ここを一致させていく事が難しいため、例えば、運動に先立つイメージ訓練や運動観察などから「予測」の部分に働きかけ、徒手的なサポートなどを行いながら実際の運動の結果を予測に近づけるものに実現することで、予測と感覚フィードバックの誤差を減らす。などのアプローチが考えられます。
運動主体感の問題は、運動麻痺だけに限らず、統合失調症など精神疾患においても指摘されています。
例えば統合失調症の方で、実際に自分で体を動かしているはずにも関わらず、「誰かに操られて体を動かされている」などと発言が聞かれることがあります。
これは、作為体験の一つではありますが、上記に示した感覚予測と実際の感覚フィードバックの不一致が原因ではないかという報告もあります。
運動主体感が生成されてくると、より運動機能の向上に繋がる可能性がある。逆に言えば、運動主体感が低い状態でリハビリを進めていっても運動機能の回復が思うように望めないという可能性も考えられます。
まずは、対象者の方が運動をしている時に運動主体感はどうか?という視点で臨床に臨んでみると良いかもしれません。
【参考文献】
Matsumiya.Awareness of voluntary action, rather than body ownership, improves motor control.Scientific Reports 2021; 11: 418.
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